OGI一夜
"コイノマホウ"
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シャワーを浴び終えて、体を拭いて、バスローブを羽織りました。
洗面台の前で、今の自分の姿をチェック。 ……これから斑目さんと一緒のベッドに入る、大野加奈子。 鏡の中のわたしの表情は、いまお付き合いしている田中さんに対する後ろめたさや、これまで恋愛感情などなかったはずの斑目さんへの戸惑いや、彼が今でも恋い焦がれている咲さんに申し訳なく思う気遣いなど、なにもありません。 そう、今のわたしは、斑目さんを愛しているのです。 |
「はー、いいお湯でしたぁ。vわず本気で入浴しちゃいましたよー」
わたしがバスルームから出て行くと、先にシャワーを浴びた斑目さんはベッドに腰かけ、冷蔵庫の缶ビールを片手にテレビの深夜アニメを観ていました。わたしが来たのに気付いてるんでしょうに、画面のロリキャラに釘付けです。 「まっだらっめさんっ!」 ばふっ。わたしは彼の後ろから、ベッドの上にダイビングしました。クイーンサイズの円形ベッドはかなり大きく、伸ばした指先がかろうじて彼のバスローブに触れました。匍匐前進して近づき、胴を思いきり抱き締めます。 「おわ!?おっ大野さん、そんな登場ないデショ」 「いーじゃないですか、今日は記念日なんですから」 「記念日?なんの?」 「新しい斑目さんのお誕生日です」 咲さんが卒業して以来、現視研にほとんど顔を出さなくなってしまった斑目さん。秋葉原で久しぶりに遭遇した彼は、以前とは見違えた青年になっていたのです。 「大して新しかねえよ。コンタクトしただけじゃんか」 「なに言ってるんですか。外見じゃなくて、ハートの話ですよ」 『変身』の理由も聞きました。斑目さんは大学で気軽に会えなくなってしまった咲さんに、本気でアプローチすることを決意したのでした。 タ際に咲さんの店に行って世間話をしたり、彼女のアドバイスに従って服を買ったり。今もまだ大きな進展があるわけじゃありませんが、そのことが彼の心と体に変革をもたらしたのは間違いありません。 そしてわたしはその真摯な斑目さんに、4年間も顔をつき合わせていた彼にそのとき初めて、一目惚れしてしまったのです。 「でもさっきのカラオケ、楽しかったですね。普段、みんなで行くときはわたしあんまり歌いませんから」 「そう言えばあんま聞いたことなかったよな、大野さんの歌。上手かったよ?」 「咲さんとか荻上さんに歌わせるほうが楽しいんですもん、ゥ分で歌うより」 さっき、わたしは斑目さんに『魔法』をかけました。明日の朝までの12時間、彼がわたしを好きになるようにと。太陽が昇るまでの12時間、わたしたちが本物の恋人であるようにと。 |
斑目さんには、こう説明しました。『斑目さんに、咲さんと釣り合う人になってほしい』と。今夜の二人のデートは、同時に咲さん攻略シミュレーションでもあるのです。
「斑目さんってけっこうキー高いんですね、なんでも歌えるんじゃないですか?」 「その代わり狭いんだよ。上か下かで必ず詰まる」 さっきは夜の街を歩きながら、女の子の喜びそうな話題の振り方をレクチャーしました。ファッションは咲さんにかないませんけど、食べ物系の話題なら流行りすたりのめまぐるしい今どきは記憶力が命です。それならオタクの得意分野ですからね。 そしてカラオケに寄って、ホテルに入ってから斑目さんの元気がありません。緊張しているんでしょうか。 斑目さんと並んで、ベッドに座り直しました。バスローブが乱れてしまいましたが、あえて直さずにおきます。 「斑目さん」 背を丸めて、下から顔を覗きこみました。見えちゃったかしら?真っ赤になって目をそらすのがたまらなく可愛らしいです。 |
「なっ……なに?」 「嫌だったですか?わたしなんかとこんなところに来て」 「うっ、い、いや、そんなこと!」 慌てて否定しようとこっちを向いて、わたしの胸元に目が行ってしまい、ふたたび視線がさまよいます。斑目さんの目が、ようやくわたしの顔を捉えました。 「……なにぶん経験不足でさ。正直、すっごく嬉しいんよ、大野さんに好きだって言ってもらって。でも俺は、こういう場所に来た時に何を話せばいいのか判んねーし、そもそもどんな顔していいのやら」 困ったように微笑みます。 「その、大野さん、キレイだから、さ」 「……ぅ」 今度はこちらが赤くなる番です。まったく、斑目さんたら知らないうちにスキルアップしてるんですから。 |
「あ、あははは、斑目さんから面と向かってキレイだなんて言われるとは思ってませんでした」
「ハハ、俺も。ぶっちゃけ浮き足だってるよ」 「……どの足が?」 「ナニ言ってるのキミ」 さすがにはしたなさ過ぎましたね。照れ隠しで斑目さんを押し倒します。 「いーんですーっ。わたし酔ってますから」 「おわ!」 わたしの腕の下で、そっと息を飲む斑目さん。そのかわいらしいしぐさを見て、わたしはちょっとドキッとし、それから慌てて今日の目的を思いだしました。 |
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