OGI一夜
"コイノマホウ"





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「あ、わたしが攻めたらダメなんですよぉ。斑目さんがリードしてくれなくちゃ」
「お……俺が?リード?」
「斑目さん、すっごいヒミツ情報教えますよ。咲さんは斑目さんに負けないくらいの受け体質です」

 今日のわたしは、斑目さんの家庭教師です。このシチュエーションはこの先いつか彼が受ける、大きな試験の練習問題なのです。その傾向と対策を練り、より正しい攻略法を考える先生にならなければなりません。

「……春日部さんが受け?いやいや、そんな」
「咲さんがいつも強気に出ているのは状況がそうさせるからで、ホント言うとかっなり弱いですよ!そこに斑目さんの活路があるんです」

 わたしは現視研以外での咲さんをすこし知っています。一緒の講義をいくつか受けてましたし、友人に一人、彼女のゼミ仲間もいます。そこで判ったのは、咲さんは押しも強いけれど、逆に押されると意外に弱いということでした。
 経営学のディベートで咲さんが相手方になったことがあります。そのときにわたしが使ったアメリカ仕込みの論陣がどうやら彼女の知識になく、そこをきっかけに劣勢だったわたしのチームが咲さんたちを論破したことがあるのです。
 まあ偶然以外のなんでもない事でしたし、次戦ではあっさりやりこめられたんですが、それで確信したのが、彼女は力押しに弱い、ということでした。

「斑目さん、咲さんのこと好きなんでしょう?なら、そこは頑張って攻めて行かなきゃ。女は押しに弱いんです!」

 彼の肩を支えて、とりあえずさっきの体勢まで戻ります。二人で並んで、ベッドに腰掛けます。

「たとえばこうです。斑目さんと咲さんがこう並んで座るじゃないですか。世間話してても、実は押し倒す絶好のチャンスですよ。斑目さん、その後どうします?」
「ええ〜?」

 さて、わたしの腕の見せどころですよ。

「咲さんの真似はできませんけど、ね、斑目さん。ここに咲さんが座って、あなたと楽しく話をしてたら、斑目さんはなにをしたいと思いますか?」
「そりゃ……今の話が楽しいんだろ?それなら話を続けるさ」
「うん、いいですよ。咲さんは斑目さんを信頼してます。たぶん、異性としては高坂さんの次に好きなはずです。咲さんはそんな斑目さんといっしょにいるとリラックスできるんです」
「リラックス?俺と居てかい?」
「高坂さんの前では、咲さんは彼好みの女の子を演じてます。昔ほどじゃないし、本人は意識してないみたいですけど間違いないです。その代わり斑目さんのそばにいるときは、咲さんは咲さんのままでいられるんですよ」

 わたしの属性は『無邪気攻め』です。自分で言っちゃうあたりイタいと思いますけど、田中さん流され受けですし証明済みです。
 そして無邪気攻めという指向性は、受け属性である『誘い受け』ととても近いのです。

「一緒にいられて楽しい咲さんは、斑目さんがツッコミ相手であることもあってとても無遠慮に接してきます。たとえば、こう」

 すばやく右腕を上げ、横に座っている斑目さんの肩を抱きます。

「こんなふうにして『斑目、あんたって意外といい奴じゃん』なんてこと言うかも知れませんね」
 斑目さんは両手を膝に置いていて、わたしが肩を抱き寄せると彼の左肘にわたしの胸が当たります。斑目さんがつるぺた好みだっていうことは知っていますが……うん。狼狽してます。成功。

「それで、なにかの拍子に、こう……」

 話しながら、視線を斑目さんの瞳に合わせます。斑目さんも、わたしの目に引き込まれたようです。
 コンタクトをした、眼鏡のない斑目さんの顔。
 痩せていますが、輪郭が丸いので怖い印象はありません。まっすぐわたしの方を見つめる表情。
 その目は、わたしではなく、まんまと彼の妄想の咲さんを見つめているようです。恋する男のひとの、切ない表情が腐女子の――いえ、乙女のハートを刺激します。

「……なにかの、拍子に、……目が合って……」

 わたしのほうが見とれてしまいました。胸がどきどきして、うまく解説ができません。

「……大野さん」
「は……い?」

 斑目さんの顔が近づいて。
 気づくと、彼の両手はわたしの肩をつかんでいて。
 いつの間にか、斑目さんはベッドから腰を浮かせていて、流れるような動きでわたしの上におおいかぶさって。
 ――ぱたん。
 わたしは斑目さんに押し倒されていました。
 さっきまでの大はしゃぎで乱れたままのバスローブが、いまさら恥ずかしくて顔が熱くなってきます。

「大野さん」

 わたしの上で、これから腕立て伏せでも始めそうなポーズの斑目さんはまた、わたしの予想に反した名前を呼びました。

「……『春日部さん』、って言わなきゃ。シミュレーションしてるんですから」
「俺の目の前にいるのは、大野さんじゃんか」
「もう。講義がだいなしじゃないですかぁ」

 そんな言い方をしてみますが、……あ、ダメです、きっとバレてます。いま、わたしが嬉しそうな顔してたの。
「さっき、大野さん言ったでしょ。今夜だけ大野さんを好きになる魔法、って」

 斑目さんの口はわたしの耳元まで接近し、そんなふうにささやきます。

「俺……、その魔法さ、効果テキメンだ」
「斑目さん……わたし……」

 言葉をさえぎるように、わたしの口を斑目さんの唇が覆いました。さっきと違って、彼の舌は躊躇もせずにわたしの口の中に入ってきます。

「ん……んっ」

 舌先と舌先がちょん、と触れ合い、それを挨拶ととったのか彼の舌は勢いよく進入してきました。わたしの舌を包み込むように動き、味蕾同士がひとつひとつこすれ合う感触が感じられるようです。
 軽く口を開けたわたしの歯の間に移動すると、口の中の起伏をつぶさにトレースするように動きます。歯ぐきの裏をくすぐったかと思うと上あごの中心、やわらかい部分をなぞり、さらに奥に行こうとしてもがいています。
「ん……ぷは……っ、は……ぁ、っ」

 動きが止まった隙に唇をずらし、息をしました。薄目を開けて斑目さんの方を見ると、彼は次の手を考えあぐねているようです。

「斑目さん……」
「うん?」
「わたしで……いいんですか?」

 ずるいと思いましたが、聞いてみます。斑目さんはたぶん初めてで、本当なら咲さんと、って思っているかもしれません。
 斑目さんは少し考えたみたいですが、わたしを見つめて軽く笑いました。


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